第三回目は、日本で唯一鮫の肉を使ってサメ節を作っている、田向商店の田向さんにお話を伺いました。一般的には食用において鮫といえばフカヒレのイメージくらいしかなく、そもそも鮫肉のことすら知りません。そんな鮫をなぜ田向さんは扱い、そして節を作ろうと思ったのか、ストーリーを紐解いていこうと思います。
サメ節、誕生ストーリー
編集部:田向さん、はじめまして。今日はわざわざ青森からお越しくださいましてありがとうございます。いろいろと分からないことだらけですが、どうぞよろしくおねがいします。
田向:はい、よろしくお願いします。何が知りたいですか?
編集部:あ、はい。えーとまず、そもそも鮫って食べるものなのですか?
田向:あはは、そこからですか(笑) 食べます!縄文時代の遺跡からも鮫を食べた痕跡が残っているくらい昔から鮫は食べられていますよ。うちの青森では郷土料理として鮫肉はよく使われて来ましたし、白身で味も淡白で、肉質も柔らかくて食べやすいので美味しいです。歴史を紐解いていくと、日本に限らず、世界中で鮫って畏怖の対象であり、同時に信仰の対象でもあったみたいで、食べることを禁忌とする文化もあれば、むしろすごい食べるっていう文化もあったりして、調べていくと面白いんです。日本では意外に食べるところが多い。しかしその食文化は徐々にすたれてきています。
編集部:そうだったんですね。全然知りませんでした。でも、なんとなくアンモニア臭がするんじゃないかと、ちょっと不安があるのですが。
田向:よく言われますが、新鮮なサメは全然臭くないですよ。たしかに鮮度が落ちるとアンモニアの匂いがしてくるから嫌う人もいるけど、逆にそのアンモニアのおかげで腐敗菌が入りにくくなって生でも腐りにくいんです。だから、流通が今みたいに発達していない昔は、山間部では刺身として重宝されていました。韓国でもホンオフェっていうエイの発酵食品がありますが、あれも同じ軟骨魚類だから、同じように発酵して独特の美味しさになっていくんです。
編集部:軟骨魚類っていうんですね。鮫っていまみたいに冷凍技術がない時代は重宝されていたんですね。でもなぜ田向さんは鮫に絞って商売を始めたんですか?
田向:もともとサメに絞って仕事をしていたわけではありません。また、うちの店は私が始めたわけじゃなくて、曽祖父の代からですが1900年代前半の最初は養蚕業をやってました。だけど、養蚕が業界的に廃れていったから別の商売を考えないといけなくなったときに、青森市は本州と北海道との玄関口だったわけで、魚を商売にするっていうのが非常にビジネスになるということで、魚屋になったわけです。
編集部:そのときから鮫を扱っていたんですか?
田向:いやいや、サメも扱っていた普通の魚屋ですよ。だけどね、サメを特に多く扱いだしたのは戦後になってから。鮫の肝臓から肝油が取れるっていうので、アメリカからすごい需要があったんです。ビタミンAの成分が美容とか健康とか、そういうので売れに売れた。そうなると、鮫は儲かるぞってことでそっちに向かっていったわけです。クジラからも肝油は取れるんですが、反捕鯨とかありますでしょ?だから、アメリカは代わりに鮫から肝油をとったわけです。全部人間の欲望ですね。はい。
だけど、その後時代が進むと、肝油の成分は人工的に作れるようになっちゃっいまして、そっちは廃れていくんですが、そもそも肝臓から肝油をとったあとの鮫肉があるわけじゃないですか、もともとサメ肉を食べる文化もありましたし、貴重な蛋白源として全国にもサメ肉は貨車で出荷しました。東京へもずいぶん出荷したと聞いています。また、あれを、ちくわにして練り物にすることで、関西のおでんで重宝されて鮫の練り物っていう形で需要は残っていきました。でもまあ、うちみたいに鮫一筋にこだわって商売してるところは他にないし、普通の魚屋さんになるっていう選択肢もあったのですが一軒くらいこういう店もあってもいいんじゃないかということで、いろいろ耐え抜いて鮫一本で今に至ります。
編集部:そうなんですね。つまりサメ節というより、鮫肉を商売にしているっていうことですね。
田向:そうです!サメ節はメインの鮫肉の傍で細々作ってるっていう感じですね。
編集部:なるほど、しかしなんでサメで節を作ろうと思ったんですか?
田向:ようやく本題ですね。以前サメの煮つけという商品を開発したときに、だしを使わなくても十分美味しかったんです。だしが要らないってことは、つまり、だし素材になるんじゃないかってピンときました。調べてみると、昔はどうもサメを節にして出汁にいたらしいこともわかって確信して、いまは誰もやっていないから、やってみたら面白いんじゃないかと思ったんです。
編集部:そういうことでしたか。作るのにどんな点が苦労されましたか?
田向:それはもう苦労の連続です。もともと節なんて作ったことないので、全部手探り。本を読んだりネットで調べたりして見よう見まねでやりましたが、サメ肉って、煮熟しても肉が締まらないし、脂は多いし、乾燥しても固まりにくいとか、もう全部が難問でした。
編集部:どうやって克服されていったのですか?
田向:やっぱり鰹節のプロに教えを乞わないといけないと思って、日本鰹節協会の会員になり、鹿児島の金七商店の瀬崎さんからいろいろアドバイスを頂きまして、試行錯誤しながら作り上げていきました。
編集部:へえ!瀬崎さんといえばクラシック節で有名なあの人ですよね。すごいですね。
田向:瀬崎さんのおかげで一気に品質があがりましたね。やっぱり鰹節職人はすごいです。
編集部:完成までどれくらいかかりました?
田向:いまだに完成はしていないと思っていますが、商品として売るまでには6年かかりました。
編集部:6年も!随分作り込んで行ったんですね。それで実際に販売をしてみて、どんな反響でした?
田向:一番最初に面白がってくれたのが、青森の郷土料理や文化を研究していた故斎藤博之氏。斎藤氏のつながりから、「美味しんぼ」の雁屋哲氏や、地元の料理店の店主が関心を持つようになってくれました。でも、意外と和食の料理人からは拒否されてます(笑)。
編集部:え、なんでですか?
田向:サメ節は、最初のつかみの味が弱くて、後からじわじわと鼻の奥に抜けて味が残るという特徴があるんです。だから、料理の食材の味はすごく引き立つんですが、出汁のつかみは弱いんです。
和食は「切れ」を最上とするので、反対側に位置する出汁だといわれたことがあります。
編集部:なるほど、なかなか難しいものなのですね・・・。ちなみに鰹節に比べて旨み成分とかはどんな感じなんですか?
田向:イノシン酸に代表される核酸系の成分はほぼありません。
編集部:え???イノシン酸ないんですか?
田向:ええ。だけど鰹節に勝るとも劣らない窒素量があります。そもそも鮫は他の魚と全然成分が違います。アンセリンっていうアミノ酸の値がすごいです。また、尿素も多い。これは味に奥行きを感じさせる成分のようで、サメ節の旨みはここから来てるんじゃないかと思うわけです。
編集部:なるほど。軟骨魚類という普通の魚とは別の種族だけに、身に詰まっている成分も違うんですね。でも、旨味はたっぷりだなんて、面白い。
田向:旨みはイノシン酸だけじゃないってことです。
編集部:そりゃそうですね! ちなみにどんなお料理にあいますか?
田向:野菜の煮込み、蕎麦つゆでも、ラーメンとか、一食で完結する料理っていうのかな、そういうのに使うとなんだかすごい満足感が出ます。「食ったー」って感じが余韻として残るのがこの出汁の特徴です。ポイントは、出汁を煮出したあと、引き出さずにそのまま一晩寝かせて置くことです。
編集部:え、だし素材を引き上げないんですか
田向:そうなの、鰹節みたいにえぐみとか出ないから、置いておくと置いていただけ旨味がドワーーーーって出ますので、食べた後の余韻がズワズワズワズワズワってきますよ。こんな出汁は他には無いと思います。
編集部:ドワーーーで、ズワズワズワズワですか。よくわかんないけどすごいですね、それ(笑)
田向:まあ、鰹節みたいに「出汁香る!」っていう初回の立ち上がりはありませんが。
編集部:臭みはないですか?
田向:新鮮なサメから作ってるから、臭くないですよ。臭い方がよかったですか?
編集部:いえいえ、そんなことありません(笑)。 東京ではどこで買えますか?
田向:東京はAoMoLink赤坂っていう青森のビジネス交流センターで混合したものを売ってます。あとはうちに直接連絡してくれれば、いつでも送りますよ。
編集部:商品には昆布や煮干しなどブレンドしたものもあるみたいですが。ブレンドした方が美味しいんですか?
田向:そうですねー。後から旨味が来ますから、前半の立ち上がりを別の素材で補うことで、一般の人にも使いやすくて美味い出汁ができるから、こういうのも売っています。
編集部:実は数年前にサメ節を買って使ったことがあったのですが、その時はうまく使いこなせずに、離れてしまったのですが、今回お話を聞いて、改めてやってみたいと思いました。
田向:なんだそうだったんだですね!まあ、ちょっとコツもいりますからね。もっと認知してもらえるように広げていきたいですね。
編集部:ぜひ、この記事をシェアしまくってください(笑)。最後に田向さんの仕事に対する想いなどお伝えください。
田向:自分は困難な出来事に対して、1点集中突破型の生き方をしてきました。たぶん不器用で、人付き合いもうまくないんだと思います。
魚の世界に目を向けると、魚類の繁殖方法には大きく分けて2つあります。一つは硬骨魚類が行う方法で、膨大な数の卵に膨大な精子を掛け合わせて自然界に放出し絶対数を確保。もう一方は、サメなどの軟骨魚類とほ乳類などがとる戦略で、ある程度強い少数個体を親が体内で育ててから自然界に生み出す方法。サメは現代ではやや不利な立場です。食物連鎖の頂点にいる捕食者だけど、人間の欲望にはとてもかないません。根こそぎ漁獲してしまう人間の前には無力です。人間にはヒレ以外さほど好かれないサメという生き物に、不器用で人づきあいがうまくない自分はどこか親近感を抱いているのかもしれません。家業という仕事上の接点からサメと付き合うことになったわけですが、知れば知るほどその面白さに惹かれています。これまでも、これからも、鮫一筋で生きていこうと思っています。
編集部:田向さん、格好いいです。ありがとうございました。
家業として始まったサメの商売の田向さん。一見怖そうな見た目のおじさんでしたが、話すと子供のようにニコニコしながらお話してくださいました。ああ、この方は本当にサメが好きなんだなあというのが伝わってきました。そんなサメに取り憑かれた男が作ったサメ節。どこか無骨でアバンギャルドな節は田向さんそのもののように映りました。さまざまな逆境に立ち向かいながら、自分のやりたいことをやりきる。男として格好いいなと思ったのでした。
※ページトップのメインの写真は開発初期の素干しのものです。現在は燻製をかけているためもっと黒いものになります。
Information
有限会社 田向商店
〒030-0901 青森県青森市港町2-23-14
電話番号:017-741-0936
[…] 以前作り手物語で取材させていただいた田向商店のサメ節。 […]